「心ある機械たち」(横浜トリエンナーレ08)

横浜トリエンナーレの共催イベントみたいなの。(なので、入場券セットがお得)

『心ある機械たち』/BankART Life II

http://www.bankart1929.com/
★〜2008.11.29迄(受付で言えば写真撮影OKなのだ)


1F会場の様子

ベアリングによる自動鉄琴機械(川瀬浩介さんの作品)
http://jp.youtube.com/watch?v=WLfJhHdRUn4


ヤノベケンジさんのヤノベケンジさんらしい作品
でっかいベビーが立ったり、しゃがんだりします。


こういうのが置いてあったり


触ったり、動かしたりできるのが多くって楽しいのよね。


2階には、紙袋人間たちが。


このイスはずっとぐるぐる回ってます。そんで、スチール棚は・・・


スチール棚の上の部分がこうなってんの。カワイイの。


3階の部屋にはボタンがいっぱいの机があって・・・


なんかゴソッゴソッと動く。なんかが。本屋さんなのにね。

地下のボイラー室。
「apart of the world」高橋啓祐さん作
http://jp.youtube.com/watch?v=xPJP0rXKA5M
コレが今回一番グっと来た。

作品も良かったし、「場」がいいわ。

良いインタラクティブアート、メディアアート

さて、やはり思う。
何をして「良い作品」なんだろう。

特にインタラクティブであるコト。
メディアアートであるコト。

この2点に置いて果たして「ゲーム」に勝てるのか?映画の表現に勝てるのか?日常のあらゆるメディアからの情報の洪水に勝てるのか?

アートをやってる人たちには、常にそれは意識して欲しいと期待して、こういう展示を観に行っている。
そんな時に最もがっかりさせられるのは「これ5年前にテレビゲームであったよね」な作品に出会ってしまった時。
例えば、どんな絵でも額縁に入れてしまうと、あら不思議!アート作品になってしまう、、という陳腐な魔法があるが、メディアアートも、「美術館に置いてある」だから成立してんじゃないの・・・なんとなく。
絶対にコレじゃダメでしょ、「芸術っぽい」ものはたいてい(メタな視点を除けば)「芸術」にはなりえない。だって魂を揺さぶりっこないもの。くすぐりっこないもの。

その点、今回の展示は、エンターテイメントでもなく、魂をコチョコチョしてくれる作品が多かった。
だから「良い作品」が多かったのです。